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浦和地方裁判所 昭和45年(ワ)612号 判決

原告

須田匡一

ほか一名

被告

有限会社小川電機商会

主文

一  被告は、原告両名に対し、各金一、一五六、二二五円、およびこれに対する昭和四五年一〇月二四日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を原告らの、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、各金一、三四〇、七七四円及びこれに対する昭和四五年一〇月二四日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (事故の発生)

訴外古谷芳雄(以下「古谷」という。)は、昭和四五年六月六日午後三時五五分頃、小型四輪ダツトサン(埼四一そ八二四一号、以下「加害車」という。)を運転して、埼玉県北葛飾郡杉戸町宝珠花県道(以下「本件道路」という。)を同町並塚方面から同町清地方面に向け進行し、同町倉松一九二番地先にさしかかつたところ、折から子供用足踏自転車(以下「被害車」という。)を運転して右道路を加害車の進行方向右側から道路の反対方向に向けて横断しようとした須田輝(当時満六才五箇月、以下「輝」という。)に加害車を衝突させ、同日午後八時三五分頃同町杉戸三丁目一一番一号今井病院において、脳内出血により輝を死亡するに至らしめた(以下「本件事故」という。)。

2  (被告の責任)

被告は、本件事故当時加害車を保有し、これを自己のため運行の用に供していたものであるから、原告らが蒙つた損害を賠償する責任がある。

3  (損害)

(一) 輝の逸失利益 金三、一九〇、九六八円

輝は、本件事故に遭遇しなかつたならば、平均余命六三・六三年まで生存し(厚生省一二回生命表)、少くとも満六三年まで就労可能であつた。そして、政府の自動車損害賠償保障事業損害査定基準(昭和四四年二月一日付)によれば、輝の場合、満一八年から就労するものとして、就労可能年数は四五年であり、この場合月収額を金三〇、六〇〇円と推定し、一箇月間の生活費の支出額を金一五、三〇〇円と推定している。

従つて、輝は、右によれば、一箇月の生活費を控除した金一五、三〇〇円の純収益があり、この純収益は一年間に金一八三、六〇〇円となるから、ホフマン式計算法によれば、輝の逸失利益は、金三、一九〇、九六八円となり、原告両名は、輝の実父母としてその半額である金一、五九五、四八四円ずつを各自相続により取得した。

(二) 輝の慰謝料 金一、〇〇〇、〇〇〇円

輝は、本件事故により、満六年五箇月にして無惨にもその生命を奪われ、人生の楽しみを味うこともなく、はかない人生を終つた精神的苦痛は甚大である。古谷の過失、後記輝の家庭環境等を考慮すると、これを償うべき慰謝料は金一、〇〇〇、〇〇〇円が相当であり、原告両名は、その半額である金五〇〇、〇〇〇円ずつを各自相続により取得した。

(三) 原告両名の慰謝料各自 金一、五〇〇、〇〇〇円

原告須田匡一は、現在中学校の教員をし、同須田喜代子は、幼稚園の保母を昭和四五年三月に辞し、我が子の養育に専念してきたものであるが(現在保母に再就職)、輝が一人息子であり、知能も通常であつて、健康明朗な男子であつたから、将来に非常な希望を託していたものである。しかるに、本件事故によりその望みは無惨にも断ち切られてしまい、父母として最愛の一人息子を奪われた精神的苦痛は計りしれないものがある。事故の態様、原告両名の社会的地位等を考慮すると、慰謝料として各自金一、五〇〇、〇〇〇円が相当である。

(四) 弁護士費用 原告両名各自金一二五、〇〇〇円

原告両名は、法律に疏く自ら訴訟を遂行できないので、弁護士たる原告訴訟代理人にその処理を委任した。これに要する弁護士費用は金二五〇、〇〇〇円を下るものではないので、原告両名は少くとも各自金一二五、〇〇〇円の損害を蒙つた。

4  (結論)

以上の次第で、原告両名は、それぞれ被告に対し、金三、七二〇、四八四円の損害賠償請求権を有するところ、自動車損害賠償責任保険により、各自金二、三七九、七一〇円の保険金(後記のとおり、法定額五、〇〇〇、〇〇〇円より輝の葬儀費用二四〇、五八〇円を控除した合計金四、七五九、四二〇円)を受領しているので、これを控除した各残額金一、三四〇、七七四円の損害賠償請求権を有している。

よつて、原告両名は、被告に対し、それぞれ金一、三四〇、七七四円とこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和四五年一〇月二四日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2は認める。

2  請求原因3はいずれも不知。

三  被告の抗弁

1  (弁済の抗弁)

被告は、原告らに対し、原告の自認する四、七五九、四二〇円のほか、金二六四、五八〇円を支払つたので、原告両名に対してなした弁済総額は金五、〇二四、〇〇〇円である。

2  (過失相殺の抗弁)

(一) 輝の過失

本件道路は、事故地点を中心として杉戸町並塚方面から同町清地方面に一直線にのびる見通しのよい幅約七メートルの片側一車線の道路である、加害車は、本件道路を並塚方面より清地方面へ向けて時速六〇ないし六五キロメートルで進行中、対向車線に停車していた大型トラツクに約一五ないし二〇メートル位接近したとき、同車後部の陰から突然輝運転の被害車が飛び出して来たため、急ブレーキをかけたが間に合わず、加害車右ヘツドランプの上あたりを輝に接触せしめてしまつたものである。

輝は、本件事故当時六才五箇月に達しており交通の危険性の有無を弁別するに必要な程度の注意能力を具備するに至つているのに、自己の横断する道路が日頃から自動車の往来する広い道路であり、しかも、自分の左側に大型トラツクが停車していて左側から走つて来る車両への見通しが悪かつたのにもかかわらず、ようやく習い覚えた被害自転車の運転に興味を持つ余り同車の運転に気を奪われ、左側安全確認のための一時停止を怠り、停車中のトラツクの後方から加害車進行車線に飛び出したため、本件事故を発生せしめたものであり本件事故発生原因における輝の過失は大きいから、損害額の算定について十分斟酌されなければならない。

(二) 原告両名の過失

仮に、輝に過失相殺の適用につきその弁識能力を具備していなかつたとしても、父母である原告両名において、常日頃、自転車遊びに伴う危険が大であること、本件道路の如き交通頻繁な道路を横断しようとするときは、走行する自動車の直前直後を横断することの危険性等を充分に納得せしめておくべきであるのに、原告両名には、その監護義務の懈怠があり、殊に本件事故当時原告須田喜代子は、来客のためその注意義務を充分に尽さなかつたのであつて、それらが本件事故の要因となつたのであるから、原告らにも過失のあつたことは明かであり、損害賠償額を定めるにつき斟酌すべきである。

3  (損益相殺の抗弁)

(一) 養育費、教育費の控除

輝が死亡したことにより同人が稼働年令に達するまでの養育費ならびに教育費の支出は不用となつたのであるが、これは衡平の理念よりする適正な損害額の算定のためには、被害者及びその親権者であり相続人である原告らの家族共同体内において支出を免れることにより生じた利益として、原告らの損害賠償請求権と相殺すべきである。そして、養育費は月額金六、〇〇〇円、教育費は小学校より高等学校までの総額として金二〇〇、〇〇〇円と認めるのが相当である。

(二) 公租公課の控除

得べかりし利益は、実所得によつて計算するのが衡平の理念に合致するところであるのに、原告ら主張の統計資料は当然賦課されるべき公租公課を控除していない。少くとも、得べかりし利益の一五パーセントを公租公課に相当する分として控除されるべきが相当である。

四  被告の抗弁に対する原告らの答弁

1  (弁済の抗弁に対して)

原告らが被告から金員を受領したことは認めるが、これは葬儀費用として受け取つたものであり、その金額は金二四〇、五八〇円である。しかるに右金員は保険会社に対する被害者請求に基づく損害賠償金五、〇〇〇、〇〇〇円の中からすでに控除されており、原告らは、本件において右金員を被告に対し請求していない。

2  (過失相殺の抗弁に対して)

輝は、本件事故当時ようやく六才になつたばかりで、事理を弁識する知能を備えていなかつたのであるから、輝自身に過失相殺を認める能力はないというべきである。更に、輝の両親である原告らに監護義務の懈怠ありとすることはできない。すなわち輝の母親である原告須田喜代子は、自宅前に道路があつて危険であることを熟知し、輝の自転車運転について日頃からやかましく注意を与えていたのであり、本件事故当時、来客があつたけれども、輝は、常に遊びに出かけるときに、自宅の付近で自転車に乗ることについて原告喜代子に許しを求め、これに対し、同原告も遠方に行かぬよう輝に十分注意したのであるから、本件事故発生について、原告らに監護義務の懈怠があつたとはいえない。

3  (損益相殺の抗弁に対して)

被告主張のように、養育費、教育費、公租公課等の控除を認めるのはいずれも相当でない。

第三証拠〔略〕

理由

一  (事故の発生及び被告の責任)

請求原因1、2については当事者間に争いがなく、かつ、自動車損害賠償保障法三条但書所定の免責事由の主張立証のない本件においては、被告は、同条により原告らに生じた後記損害を賠償する責任がある。

二  (過失相殺)

(一)  前説示のように、本件事故については古谷芳雄の過失が推定されるところ、〔証拠略〕を総合すると、古谷は、本件事故当時加害車を運転し、直線で見通しの良い本件道路を杉戸町並塚方面から同町清地方面に向けて進行中、前方対向車線に荷台に幌の付いた大型トラツクが駐車しており、同所を通過せんとした際突然、同車の後方から被害自転車に乗つた輝が、左方の安全を十分に確認することなく本件道路を横断しはじめたのを発見し、急制動の措置を採ると共にハンドルを左に切つたけれども間に合わず、加害車の前部右ライト附近を被害車の左ハンドル部分及び輝の身体に衝突せしめ、同人を約四時間半後死亡せしめたものであることが認められる。右認定の事実によると、本件事故は、加害車運転の古谷の過失と、大型トラツクが駐車していたため左方の見通しのきかなかつた道路を横断するに当り、左方から来る自動車の進行状況に注意しなかつた輝の不注意な行動との競合によつて惹起されたものであることは明らかである。

(二)  ところで、民法七二二条二項により幼年者である被害者の過失を斟酌するについては、その幼年者に危険を避けるに必要な注意をするだけの能力があれば足りるものと解されるところ、〔証拠略〕によれば、輝は、当時満六才五箇月の小学一年生であつたが、学校の成績もよく、身体も健全であり、日頃母喜代子から交通の危険について十分知らせており、ことに、本件道路は自動車がかなりの速度を出して頻繁に走るので、横断するのは非常に危険であり輝が自転車で道路を横断する場合には自転車に乗らずに転がして行くように教えられており、輝自身、これを理解していたと推認されるから、輝は右弁識能力を具えていたといわなければならない。

従つて、本件事故につき被告の損害賠償額を決定するには、輝の過失も斟酌すべきであり、その割合は、右認定の事実、特に、輝が危険に対する弁識能力があつたとはいえ、満六才五箇月の幼児であつたことを考えると、古谷の九に対し輝の一と認めるのが相当である。

三  (損害額)

(一)  輝の逸失利益

当裁判所に顕著である厚生省第一二回生命表及び政府の自動車損害賠償保障事業損害査定基準によれば、輝は、身心共に健康な男子であつたから、もし、本件事故に遇わなければ平均余命を全うし、満一八才から満六三才まで四五年間就労可能であると認められる。そして、その間における逸失利益をホフマン式計算法により事故当時における一時払の現在価として算出すると、{(30,600×1/2)×12}×17.380=3,190,968(円)となり、これに前記過失の割合を斟酌すると、被告が負担すべき逸失利益の額は金二、八七一、八七一円となり、原告両名は、相続により各自金一、四三五、九三五円(円未満切捨)ずつを承継取得したこととなる。

(二)  輝の慰謝料

〔証拠略〕によると、輝は、原告両名の一人息子として両親からその将来を期待されていたのに、本件事故のため尊い生命を奪われたのであるが、本件事故の態様、輝の過失、輝の年令等を総合勘案すると、慰謝料として金一、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。そして原告両名はその半額である金五〇〇、〇〇〇円ずつ相続により承継取得したこととなる。

(三)  原告両名の慰謝料

原告らが満六才五箇月になるまで生育した輝を本件事故により卒然として失つたことによる、悲嘆、愛惜の情は誠に深いものがあることは容易に推察することができ、その甚大な精神的苦痛に対して被告が相当額の慰謝料を支払うべきことは当然であり、その額は、前記事情の外本件に現われた諸般の事情を考慮すると、原告ら各自につき金一、五〇〇、〇〇〇円が相当である。

(四)  弁護士費用

原告らは、原告ら訴訟代理人に対し、本件訴訟の遂行を委任したが、本件事案の内容審理の経過、認容すべき損害額等を総合すると、被告に対し弁護士費用として賠償を求めうべき額は原告各自金一〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

(五)  保険金の受領

以上原告らの請求しうる金額は、各自金三、五三五、九三五円となるところ、原告らは、既に各自自動車損害賠償保償法による保険金二、三七九、七一〇円を受領していることを自認しているので、右金額を前記(一)ないし(四)の認定請求額から控除することととする。なお、原告らが輝の葬儀費として二四〇、五八〇円を受領したことは、原告らの自認するところであるが、〔証拠略〕によると、右金額は、保険会社に対する被害者請求による損害賠償金五、〇〇〇、〇〇〇円中から既に差引かれ、原告らは、本訴において請求していないことが認められる。

四  (損益相殺の主張について)

被告は、輝の養育費及び教育費を原告らの損害額から控除すべきである旨主張するが、損益相殺により控除されるべき利得は、被害者輝本人について生じたものでなければならないから、養育費、教育費は損益相殺の対象とならないと解するのが相当である。又は、被告は公租公課の逸失利益からの控除を主張するが、これを認めると、損害賠償金を受ける被害者の保護を厚くするため設けられた所得税法九条一項二一号の趣旨に反することとなるから、右主張は採用できない。

五  (結論)

以上の次第であるから、被告は、原告らに対し、各損害賠償金一、一五六、二二五円および、右金員に対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四五年一〇月二四日から各支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり、従つて、原告らの本訴請求は、右の限度で理由があるからこれを認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 須賀健次郎)

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